トレーナーへの道のり〜その7:入職2,3年目〜
「トレーナーへの道のり〜その6:入職1年目〜」の続きとなります。
今回は入職から2,3年目のトレーナー活動が徐々に始まってきた時のことを振り返りたいと思います。
スポーツ外来での仕事
1年目は先輩方の担当している患者様を手伝いつつ、自分でも担当できる患者様を引き継がせていただくことで、徐々に自分の担当患者様の数が増えていきました。
初診の患者様は、治療方針を診察する医師と協議し自分で定める必要があります。そういった経験や技術が備わっていないうちは初診の患者様に対応することは難しいのです。ですので、まずは先輩方の担当患者様から担当を引き継がせていただけました。
スポーツ外来の仕事を1年間経験し、少しずつ初診の患者様へ対応させていただく準備を進めました。
2年目の始めには、まだ先輩の指導の下でありますが、初診の患者様に対応させていただく機会が増えました。
今思うと、あの当時に担当させていただいた患者様にもっと良い手段でアプローチが出来たなという反省と申し訳ない気持ちがわいてきます。
ただ、当時に限らず、今から1年前のことでも反省すべき点が多々あります。おそらく、今から1年後に1年前のことを振り返ったら同じように思うんだと思います。
経験や技術を蓄積することでよいアプローチが生まれてくると思いますので、そう思い続けられることが正解なのだと思います。逆に、1年前を振り返ってみて、1年前のがよかったなと思ったら、この仕事は引退したほうがいいのかもしれません。
少し話がそれましたが、2年目はスポーツ外来の仕事では、多くの患者様に対応させていただくことができました。
初めてのトレーナー活動
初めて病院外で仕事をさせてもらったのは、県内のとある高校のバスケットボール部でした。
先輩の理学療法士のもとにトレーナーを紹介してほしいと仕事の依頼が入り、私のところへ話が降りてきました。その先輩を含め、多くの先輩方はトレーナー活動をするチームを複数持っていたため、対応できるスタッフが私だったのです。
初めてのトレーナー活動ですので、このトレーナーの話を頂いた先輩が私にチームへの関わり方をレクチャーしてくださいました。
1年目から、先輩のトレーナー活動現場に付いていき、「トレーナーの仕事」を見学させていただいておりました。
そういった見学から、私の中でトレーナーというのは、「チームの活動現場に赴き、そこで簡易ベッドを広げてけが人や監督・コーチに指定された選手、あるいはチームの全選手のカラダを評価し、カラダの問題点に対する解決手段を提示する、場合によってはその場で手を入れて問題を解決する。」という仕事だと思っていました。
実際に指導していただくと、トレーナーという仕事はそれだけではないとわかりました。
最初に指導していただいたことは、資料作りでした。
トレーナーの仕事
もちろん、トレーナーの仕事=資料作りというわけではありません。
なんの資料かというと、トレーナーの役割を説明するための資料です。つまり、トレーナーとしてどういうことをするかをチームに知ってもらうためのものです。
それまで私はトレーナーは病院のスポーツ外来で行っているリハビリの延長的に捉えていたのだと思います。
スポーツ外来はケガや痛みを治したいと思う方が来てくださる場ですが、チームはそうではありません。ケガ人や痛みを抱えた選手もいるでしょうが、そうでない選手もいます。スポーツ外来にかかる方にとって理学療法士はケガや痛みを治してくれる人。チームにとってトレーナーは?
少なくともスポーツ外来の理学療法士とは違う役割があるのだと思います。ですから、「トレーナー」がどういうものか、チームの選手や指導者へ伝える必要があったのです。
今振り返っているからこそ、そう思うのですが、当時はそこまでは思っていなかったと思います。自己紹介というか、こんな事やりますよ、的な資料だろうくらいに思っていたはずです。それでも、当時、自分が思っていたトレーナー像とは、なんとなく違うなと感じていたと思います。
チームの活動現場で対応することだけが仕事ではなさそうだと。
作った資料は他にもありました。
基本的なストレッチやエクササイズの説明資料です。ケガの予防などカラダを管理するために必須であるセルフケア方法についてはチーム全体に共有する必要があります。
スポーツ外来は基本的に1対1の対応ですが、チームでは1対多数での対応も必要です。その際に、説明資料があればより正確にわかりやすく指導が可能となるわけです。このあたりもチームに携わる上で重要な準備で、単にチームの活動現場に伺って対応するだけではないと感じるところでした。
トレーナーへの第一歩
作った資料を持ち、初めてチームを訪れるときが来ました。最初は指導してくださった先輩がついてきてくださいました。
初めてチームを訪れた日のことは忘れません・・・と言いたいところですが、どんな気持ちだったか全く思い出せません。おそらく緊張と不安でそれどころではなかったのだと思います。
チームへは月に1回の頻度で行かせていただき、3回目から私一人で行くことになりました。
基本的に対応させていただく時間は半日(3時間程度)です。その間に選手を個別にチェックし、ボディケアや必要なセルフケアを指導させていただきました。
当時、チームには20人ほど所属していたのですが、20人全員をみさせていただくのではなく、監督から依頼をいただいた選手12〜15人くらいをみさせていただきました。
現場で一人あたりにかけられる時間は10分〜15分ほどでした。スポーツ外来では一人の患者様に40分ほど時間をかけることが可能です。
その半分以下の時間で、チェック→ケア→セルフケア指導をすることがとんでもなく大変・・・といいますか、当時の私にはやりきれていなかったと思います。
それでも、チームの力になりたくて必死でした。見学では簡単に見えていたことも、いざやってみると全く違いました。
改めて先輩方の凄さを感じました。と同時に、自分の無力さを再確認致しました・・・
また、現場での選手対応以外にも、選手の状況を指導者へ伝えさせていただく資料を作成したり、次回お伺いする日程調整をしたりと、チームに携わることでわかる仕事がありました。
単にチームに呼ばれて、活動現場で選手をみることがトレーナーではないことを知る機会となりました。
正直、「これがトレーナーという仕事」と実感する余裕はありませんでした。なんといいますか、やるべき仕事をやるだけで精一杯で、自分がトレーナーだと思えていなかったのです。
トレーナーとしての喜び
初めてトレーナーとして携わらせていただいたのが、高校のバスケットボール部です。
私は、それまでほとんどバスケットボールに関わったことがありません。学校の体育と中学校時代に昼休みにすこし遊んだくらいでした。
トレーナーとして関わる以上、もう少ししっかりバスケットボールを知りたいと思いました。いつも練習中に行かせてもらっており、チームが実際に試合をしているところを観たことがありませんでした。
ですので、とある大会に仕事ではなく、プライベートで観戦に行くことにしました。とりあえず、試合を見てみようと。
自分としてはそれくらいの気持ちでふらっと行ったつもりなのですが、チームの選手がとても喜んでくれたのです。
また、監督や選手にテーピングを巻いてほしいと頼まれ対応致しました。プライベートでしたが、全く嫌な気持ちはなく、むしろとても嬉しかったのを覚えています。
「チームの力になっている」そう感じたのです。
これがトレーナーという仕事なのか、と感じたのはおそらくこのときでしょうか。
チームにしたことは応援に行ったことと、何人かにテーピングを巻いたことです。普段チームでしている仕事に比べたら、大した仕事ではない(と、当時の私は思っていました)のですが、トレーナーの仕事を実感できました。
今の私は、「本当の意味でチームの力になっている」ことを重要視しています。それは、単に実務的な仕事だけでは実現できません。チームや選手の目指す方向に一緒に向かっていることが、大切だと思っています。
選手の身体的な問題をみることだけでは、トレーナーと言えないのです。今思えば、選手や監督が喜んでくれた私の行動もトレーナーとして重要な仕事の一部であったのだと思います。
3年目→5チーム
3年目には、一人で初診の患者様へ対応させていただけるようになっていました。
トレーナーのやりがいと自分に足りない力を感じつつ、少しでもチームの力になるべく、先輩のトレーナー活動に付かせていただたり、スポーツ外来で経験や技術を蓄積させていただく日々となりました。
3年目に入ると、県の自転車競技国体チーム、高校硬式野球部、高校陸上競技部とトレーナー活動をさせていただけるチームが増えました。
高校硬式野球部は、私の高校時代の同級生が監督をしている縁でトレーナーとして呼んでいただくことになりました。今でもその監督と仕事をさせていただいているのですが、それはまた別の機会に書かせていただきたいと思います。
また、県のスポーツ協会が主となって行っているJr.アスリート育成事業のトレーナーとしても関わらせていただく機会をいただきました。
自転車競技、硬式野球、陸上競技チームのトレーナー活動は、バスケットボール部の活動と大きく変わりはないのですが、県の育成事業はそれとは大きく異なるものでした。
基本的には、小学生〜中学生にトレーニングを指導することが仕事でした。
「トレーナー」と言っても、様々な仕事があることを学ぶ機会となりました。おそらく、世の中は【スポーツ】・【体に関すること】はすべてトレーナーという認識なんだと思います。
その認識は間違いではなく、実際にそうなのです。それくらいトレーナーという言葉は曖昧というか多様性があるのです。
県の育成事業で主に担当したことは、「フィジカルトレーニング」です。この言葉にも多様性があるように思いますが、私がさせていただいたのは、ざっくり申しますとカラダの使い方をトレーニングするような感じです。
スポーツ外来では多くのケガ人をみる機会があります。そういった経験からスポーツのケガについて、カラダの問題がケガにつながる情報をたくさん蓄積できます。
また、その蓄積は私だけでなく、職場の先輩や同僚も同じで、そういった情報を共有していただくと、かなりの症例数の蓄積となるでしょう。
そういった情報から、ケガをしないためにカラダの機能面で何が必要かが見えてきます。(私が見えているように書きましたが、実際は職場の方々が見えているものの共有の上に成り立っています)
ケガをしないカラダという視点から、トレーニングを組み立てるようにしてみました。
また、育成事業でのトレーナーは私一人ではなく、県内で活動するトレーナーが2名いらっしゃいました。
育成事業は私が入った時点で6年目くらいで、その2名は長く事業に携わっておられ、他の仕事でもトレーニング指導をメインでされている方々でした。
そういった方々の手段や考えを学ばせてもらう機会にもなりました。
それまでは勤務先の病院でのルール・考えのみでしたが、それ以外に触れることが出来たことはとても良かったと思います。これも今になって思うことですが・・・
トレーナーの仕事は選手の身体的な問題だけをみるだけではない。ということに繋がってくるのです。
3年目にはトレーナー活動をさせていただける場所が5チームとなりました。
次は入職4、5年目のことを書かせていただきたい思います。この時期は、今の自分を作る上でとても重要なものとなります。
カラダのメンテ
住所:長野県松本市蟻ケ崎4-9-5 MKビル2F東
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